Special 自然と共にある暮らしから育まれる町の鍛冶屋さん

新田麻紀(鍛冶Dorf)さん 金属

大きな木の下で

大きく枝を広げるウワミズザクラの木に抱かれたお庭をまんなかに、新田さんの工房はありました。敷地は川沿いにある田んぼの脇道のつきあたり。向こうには小さな森が広がって、ウワミズザクラの片側にご自宅、片側に鍛冶小屋があります。初めて見たときには草木が生い茂り、廃墟のようだったこの場所で、蔓に埋もれていたこの木を見て、この場所に決めたのだそうです。「この木に出会ってしまって…」と愛おしそうにこの木の下で話してくださいました。鍛冶小屋の半分はもともとあった納屋に手を加え、手づくりの炉が置いてある半分は増築。床は土で足にここちよく、ところどころに瓦をコツコツ割った欠片が敷いてあります。窓の向こうには緑が揺れ、木漏れ日と心地よい風が渡ります。棚受けやフック、脚など、新田さんの作品がいたるところで役目を果たし、鉄の道具たちが生き生きと並んでいました。

ウワミズザクラの木の下の鍛冶小屋

道具たちは手づくりされたものも多いそうです

鉄から生まれるあたたかな表情に惹かれて

新田さんと鍛鉄との出会いは、職業訓練校の金属造形科で鍛鉄の講師の作業を偶然目の当たりにしたことだそう。それまで知らなかったその作業の潔さや大胆さと、無機質なはずの鉄にやわらかな質感が出て、あたたかく豊かな表情が生まれることに一瞬で惹きつけられてしまったそう。鍛鉄工房で働いたり、専門学校で助手を勤めたりしたのち、茨城町で独立し3年、笠間市に引越して7年間活動。3年半前に今の栃木県芳賀町に移住。その際には場所探しから多くの友人たちが力になってくれました。引越しの日も、鉄用の旋盤や丸鋸など、何台もある重い機械の移設を鍛冶仲間たちが手伝ってくれ、10台もの車やトラックが出動してくれたそうです。鉄と出会って18年。屋号にあるDorfは村の意で、昔、村に一軒必ずあった「村の鍛冶屋」をイメージして付けたというその名の通り、道具も機械も人のつながりも、欠かせないものが大切に積み重ねられている鍛冶屋さんです。

火の入った炉

「火を操ってたたく」という作業に集中できることが好き

送風機のスイッチを入れるとのゴーっという音が響きます。炉の中央のくぼみにまるめた新聞紙で火をつけ、燃料を置き、灰かき棒をさっと動かすと、炎が上がります。新田さんの手の動きに反応して炎が色や形を変え、生きもののように見えます。材料となる鉄の棒を炎に入れ、しばらく温めます。燃えてオレンジに光る鉄のいいころ合いを見計らい、アンビルと呼ばれる台に乗せます。ここからカン、カン、カカンとリズムよく重たいハンマーを振り上げ、振り落として形作っていきます。熱いうちに正確に打つのは、集中力と腕力のいる作業。熱いうちに打って、冷めないうちにまた温める作業を何度かするうちに、あっという間に仕上がります。「この作業が好きなんですよね」と嬉しそうに話してくれた新田さんは淡々とたたいていましたが、ハンマーを持たせてもらったら、ずしりと重く、狙い通りの場所を冷めないうちにたたいて思い通りの形にするなんて至難の業だと知りました。

鉄をたたく。緊張感とともに、どこか牧歌的ぬくもりが広がります

狙ったところを正確に、力強く

みるみるうちに形が変わっていきます

自然とともにある暮らしが育む豊かさ

芳賀町への転居の決め手のひとつは、旦那さんの職場が近かったこと。通勤時間が短くなり、家族で過ごす時間が増えました。お子さんが生まれてからは、鍛冶の仕事時間が思うように取れなくなってしまいましたが、今は、家族との時間を最優先し、土日は鍛冶をお休みしています。鍛冶小屋の奥に広がる敷地では野菜や果樹を栽培。お手製の鳥小屋でニワトリも元気にしています。2歳になるお子さんは季節ごとの木の実をつまみながら庭をお散歩するのが日課とか。広いですねと話していたら、さらにその奥の小さな森まで、秘密基地へ向かう探検隊のように案内してくれました。背の高い木々が茂る中に、少しずつ手を加えた小道や広場が潜んでいて「ここでキャンプしようねと話しているんです」と楽しそう。ご自宅もできるところはセルフリノベーション。新田さんの作品もたくさん活躍していて、手づくりの暮らし全体が新田さんの作品のようです。鍛冶小屋も家も、庭も森も、これから思い描く季節も、心地よく響き合っています。ここからから生み出されるものは、いつまでも変わらぬ豊かさを与えてくれるのだなあと感じました。

手づくりの煙突。ウワミズザクラの枝が伸びてきたので、煙突の向きを変えてあげたそうです

最初につくったハシ。今では先端がずいぶん欠けてしまいました

薪ストーブ用のツールや鍋敷きは暮らしの中から生まれた形。お皿立て陶芸家のは多い町に住んでいたこともあり、いつか作りたいと思っていたアイテム。細部にこだわり完成しました

(聞き手・文:濱口さえこ 取材日:2020年10月26日)

E-mail:makikaji27@yahoo.co.jp
instagram:https://www.instagram.com/kj.dorf/

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